移住。
転職。
毎日を過ごすなかで、ふと頭をよぎることがあっても、とても大きな決断のように思えてなかなか一歩を踏み出せない…そんなふうに立ち止まってしまう人も多いかもしれません。
そこで今回は、自分なりの感覚を大切にしながら進む道を模索しつつ、次の一歩を踏み出し続けている永田理紀(ながた・りき、以下、永田さん)さんをご紹介します。
店先に並ぶことなく廃棄されてしまう農産物などの加工に取り組む情熱市原ワンハートで働きながら、「八百屋Ricky」としても活動している永田さん。飾らない永田さんの模索は、これからの一歩を踏み出したいと考えているあなたの背中を押してくれるかもしれません
取材日 2021年12月26日/文・写真 Mizuno Atsumi
幼少期からサッカーに打ち込んでいた永田さん。大学生のときに、地元の小学校でこどもたちにサッカーを教えていたこともあり、卒業後は、サッカーの選手や、コーチ、トレーナーなどになるための新潟の専門学校に入って学び、働きながら、こどもたちのサッカーのコーチを続けていたんだそう。
そんなサッカー中心の生活に訪れた転機は、生協(正式名称:生活協同組合)で働いたことだったといいます。
永田さん 子どもの頃に家で生協を利用していたので、身近だったり、なんとなく良さそうなイメージはありましたが、ものすごく強い思い入れがあったわけではないんです。
ただ、始めてみたらやりがいを感じて仕事ができたし、価値観も変わったなって。
それまではサッカーの指導を中心に考えてきましたが、『人との関わり方』で勝負したい気持ちが芽生えました。
会社の研修で学んだ「自分が心を開いて人と接すれば、相手も心を開いてくれる。だから、まずは自分が相手に心を向ける。」という姿勢。当時、それに大きな感銘を受け、仕事で実践するなかで、人との関わりが自分にとって大きなやりがいになると、気づいたそうです。
永田さん 毎週、お客さんに注文書を渡すんですが、その注文書に『たんとうにゅうす』という通信を月1くらいのペースで入れていて。それを楽しみにしてくれる人が多くて、自分のモチベーションにもなっていました。
ただ商品を配達するだけじゃなく、お客さんに心を向けて工夫することで、コミュニケーションが生まれ、人としてのつながりや信頼関係が出来る。それが嬉しかったです。
自分と会ったり、そういうコミュニケーションを通して、お客さんにちょっと元気になってもらえて。それが自分にとっては、やりがいでした。
そんな永田さんが仕事を辞め、新潟から離れることを決めた背景には、新型コロナウィルスの影響もあったといいます。
永田さん もともと、生協の仕事を通じて知り合ったお客さんから別の仕事の紹介を受けたことが、転職を考え始めたきっかけでした。その話をいただいたときに、新しい仕事にチャレンジしてみようと思ったんです。
そのとき、チャレンジしてみようと思ったということは、今の仕事に対して100%向き合えていないのかな?という気づきがありました。
いただいた話は事情があって、結局なくなってしまったのですが、コロナの影響もあって、誰と過ごしたいか、どこで過ごしたいかをあらためて考えて。なにかあったときに後悔したくないので、家族のそばにいたいと思い、地元の市原へ戻ることを決めました。
とはいえ、市原での仕事が決まっていたわけではなかったので、サッカーに関わるのか、教員免許を活かして教育の道へ進むのかなど、いろいろ模索していたという永田さん。ちょうどそのとき、気候危機に関するテレビの特集を目にしたそうです。
永田さん なぜかその特集を観たときに、ヤバいなって感じたんです。これまでなにか環境に関わることをやってきたわけじゃない。でも、地球が大変なのに今までどおり生活してられないなと思って。小さなことでも、自分ができることをできる限りやりたいなと。
だから、市原で自然や環境につながる活動や、農業に取り組んでいる人たちに関わって、自分ができることを探してみたいと考えました。
そこで、新潟から市原へ戻ってきてからは、失業手当などの制度も活用しながら、情報収集や、アルバイトなど試行錯誤を続けていた永田さん。そのなかで、SDGs関連の窓口が市原市役所に開設されたと広報いちはらで知り、市役所へ足を運んだのだそう。
そのときに紹介されたのが、Co-Satenや畑のがっこう、農業事務所など、市原市内のいろんなプレイヤーや、活動の相談ができる場。それがのちに、八百屋Rickyとしての活動をはじめるきっかけにもつながりました。
永田さん Co-Satenにお邪魔したときに、農業に取り組んだり、空き家の開拓に取り組んでいる原さんと知りあって。
自分自身も農業に関心があったので、原さんの活動にちょこちょこ関わらせてもらったり、いろいろ話をしたりしているうちに、「八百屋やってみれば?」という話になって、「じゃあ、やってみます」みたいな軽い感じで、八百屋Rickyの活動がはじまりました(笑)
試行錯誤のなかで見えてきた、「人との関わり」と「環境」という永田さんにとってのキーワード。八百屋Rickyの活動をはじめた根底にあったのも、「人と関わるきっかけになったらいいな」という想いだったんだそうです。
また、近所で購入して、消費する。その一環を担うことが、一つの環境活動につながるのではという期待も、八百屋Rickyに込められています。
その後、原さんをはじめ、開宅舎や#牛久にカフェをつくりたいんだなどの一員として活動する高橋さん、OIKAZEの白石さんなど、自分のやりたいことを追求し、さまざまな活動に取り組む人たちに出会い、自分もその一員になりたいと考えるようになった永田さん。今後に向けた意気込みを語ってくれました。
永田さん 市原に来てから、アルバイト的な立場でいろいろな仕事に関わらせてもらっていたのですが、あらためて思ったのは、自分は『人が好きだな』ということ。
これまでも、お客さんに元気を与えたいという想いはありましたが、それだけじゃなく、自分が楽しく働くことで、一緒に働いている人たちも楽しくなったらいいなという願いがあることに気づきました。
今後、どんな仕事であっても、その軸だけはぶらさない覚悟をもって、活躍したいと思っています。
さらに、ワンハートや八百屋Rickyとしての活動以外にも、誰もがサッカーを楽しめる場づくりなど、これから挑戦してみたいことがいろいろあると話す永田さん。
永田さん 2021年は、いろんなところにいって落ち着かない人ではありましたけど、2022年は、ここ(市原)でチャレンジする一年になるのかなって(笑)
農家さんでお手伝いさせてもらっていたときに、アルバイトとして紹介してもらったワンハートさん。生まれ育った場所で働けることはとてもありがたいことなので、仕事をはじめ、いろいろな活動に感謝の気持ちを忘れず取り組んでいきたいです。
自分でも、これからどうなるかわからないのでワクワクしてますね。楽しみ!
模索しながら、等身大の自分で実験と行動を続けている永田さん。
「でも、うまくいくかわからないし…」
「でも、自分にあっているかわからないし…」
こんなふうに立ち止まってしまうとき、自分のできるところから動き続けることで見えてくる道もあるということを教えてくれているようです。
興味があれば、軽い気持ちでまず一歩。ちょっとずつ軌道修正しながら進んだ先には、案外、自分の見たかった景色が広がっているのかもしれません。