篠田拓郎さん | くらす はたらく いちはら

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自分にとって、心地よい場所ってどこだろう?篠田拓郎さん

テレワークが普及し始めたことで、注目を集めている地方への移住。ですが、“移住する”ことが目的になってしまうと、その先での仕事や生活を描きづらく感じてしまう方もいるかもしれません。

そこで今回ご紹介するのは、自分なりの生き方の軸をもとに、「水車」や「アート」を求めて、千葉市から市原市へ活動の拠点を移した篠田拓郎さん(しのだ・たくろうさん、以下、篠田さん)。実家がある市原の隣町に住居を置きつつ、市原を拠点に、千葉市や東京などへも、活動のフィールドを広げています。

そんな篠田さんの、移住には限らないまちとの関わり方や、道の切り拓き方は、移住に興味を持っている方にとって、心地よい場所をみつけるヒントになるかもしれません。
取材日 2021.10.26/文・写真 Mizuno Atsumi

自分にとっての心地よい場所を求めて

市原を中心にフリーのコーヒー屋として活動する篠田さんが、市原市に活動拠点を移したのは、2020年の秋。以前は、千葉市で「純喫茶シノダ」という自家焙煎のコーヒー屋を営んでいましたが、緊急事態宣言の影響を受け、「自分も変わらなければ」という感覚になったといいます。

そこで最初に試したのが、コーヒー豆やスイーツの無人販売でした。

篠田さん 人がいなくて、接触しなければいいんだと思い、無人販売を始めました(笑)

当時の店舗「純喫茶シノダ」。お客さんは、商品を手に取ったら、その代金を貯金箱へ入れていく仕組みにしたんだそう。

そのほかにも、気軽に外出しづらくなってしまった状況の中で、外の景色を撮ったチェキ一枚とコーヒーを個人宅に宅配する「しのだーイーツ」をはじめたりしながら、「お店ってなんだろう?」「コーヒーとは?」などを改めて考えていたそうです。

篠田さん 今のコーヒー業界って、“正確な美味しさ”をみんなが追い求めているんですよね。でもそれって機械的というか、極論行き着く先は、自動販売機じゃないかと。

自分は、もっと“人間的なコーヒー”がつくりたい。ケアレスミスや、癖、そういったコントロールできない人間的なもの、失敗があってこそ美味しいのがコーヒー。だから、『失敗をあえてコーヒーに取り入れて、99.9%完璧な味を超えられないか?』と考えました。

インタビューの際にいただいた、篠田さんが焙煎したコーヒー。いつも細部までこだわっているのかと思いきや、「今日は、適当に(笑)」とリラックスした様子でコーヒーを淹れ、楽しむ様子が印象的でした。

そこで篠田さんが、ふと思いついたのが水車。川という自分にはコントロールできない自然の力、つまり水車を利用して、コーヒー豆を焙煎することでした。その際、以前、芸術祭の折に見かけた大きな水車のある市原のことを思い出したそうです。

市原湖畔美術館にある水車

篠田さん これまでの経験上、自分は真面目な部分と不真面目な部分が混ざったところがないと、生きていけないなと感じていて。淡水と海水が混ざるところというか。

アートってそんな感じで、誰かにとって0だけど、ほかの誰かにとっては100以上のものだから、不真面目なものも混じり合っている感覚があって。芸術祭というアーティスティックな催しに行政が力を入れている市原なら、自分が入る余地があるんじゃないかと思いました。

篠田さん

そこから、市原を自分の足で歩いて水車がつくれるような川を探したり、市役所に相談したりしていた篠田さんですが、思うようにことが進まず、行き詰まりかけた時に出会ったのが、南いちはらで空き家を探し、移住者に紹介する開宅舎でした。

川を探して歩いていた篠田さん(写真左)と開宅舎の高橋さん(写真右)。道で出会ったおじいちゃんやおばあちゃんに、「川を探しているんです」と話しかけていたんだとか。「髪が長かったし、完全に不審者でした」と笑います。

こうして、自分なりの考えの整理がつき、地域のプレイヤーとのつながりもでき、見えてきた次のステップ。そこで、千葉市の喫茶店を閉め、市原へ活動の拠点を移すことを決めました。

無視されるのが、始めない理由にはならない

そんな篠田さんですが、もともとはファッションに関心があり、一旦は美容師の道にすすんだんだとか。

篠田さん 美容師になったんですが、つまんないなと思って、22歳で一度無職になりました。

それからは、学校に入り直そうか迷ったんですが、とりあえず好きだった喫茶店に入り浸って、本を読みながらタバコを吸って、コーヒーを飲んでいて。その時に『これがあればいいじゃん』って思って(笑)

本は書けないし、タバコ農家にもなれない。だったらコーヒーかなと、バイトでお金を貯めて焙煎機を買いました。

真剣にコーヒーと向き合う篠田さん

こうして始まった篠田さんのコーヒー屋さんとしての道ですが、10年ほど続けてきたなかで、最近新たに見えてきたことがあるんだそうです。

篠田さん 焙煎所として使えたらいいなと、開宅舎から紹介してもらい、築250年のボロボロの空き家を市原で借りたんです。『このオンボロを使い倒せたら、進化できる気がする』と思って。

空き家を古道具に見立てて、『そのままの姿をどうやったら美しく魅力的に見せられるか』ということに挑戦したいと考えていました。例えば、穴の空いたところをどうやったら塞がずに美しくみせられるか、みたいな。

でも、その改修を模索するなかで、『本当にやりたいことってなんだっけ?』と考えることがあって、僕は『アートがやりたかった。文化をつくりたかったな。』って気づいたんです。

高校の美術でつくった作品が、表現すること、生み出すことを楽しい、と感じた原点だったそう。


そこで、現在制作している水車も、コーヒー×アートとして「フードアート」の一つと位置付けながら、「フードアート専門のギャラリー」をつくることを構想中なんだそう。

「フードアート」とは聞き慣れない言葉ですが、ざっくりいうと、「普段食品として私たちの口に入っているものをアートとして仕上げる」こと。一体、どうって食品からアートをつくりだすのでしょうか。

篠田さん アートは、意味のないものに意味を持たせ、価値を生み出すのが原理だと思うんです。でも、そもそも食べものは、お腹を満たす『意味があるもの』ですよね。つまり、フードアートを成立させるためには、フードを『意味のないもの』にもしていかないといけない。

だから、『アートとして価値がありつつ、無価値』というのがテーマです。どういうことかというと、つまりキャラ弁です。食べちゃうから、キャラにしなくてもいい(無価値)し、食べられる(価値)という二つが共存しています。でも、キャラ弁をつくるのはつまらないので、自分なりの作品をつくったり、作家さんとコラボしたりしていきたいと思っています。

自ら電ノコを駆使し、試行錯誤しながら水車の制作に取り組んでいます。

アートは高明なもので敷居が高いように感じがちですが、『これがアート』と言ったもの勝ちだと篠田さんは言います。

篠田さん 僕は美術の専門教育なんて受けていないし、無視されるのが前提。でも、それが始めない理由にはならないですね。批判されてからが始まりだと思っているし、議論の場も生めたらいい。

周りのアーティストの人たちが、自分の想いや考えを表現しているのがカッコよくて、羨ましく見ていた時もありましたが、自分の考えを掲示して『こうです』っていうしかない。そこに気づくのに、10年ぐらいかかりました。

「まだまだ道の途中ですが、自分なりの道が見つけられてよかった」と話す篠田さん。

まちとのちょうど良い距離感とは?

篠田さんが活動拠点としている南いちはらは、簡単に言ってしまえば田舎。良くも悪くも人とのつながりが強く、競争相手も少ないため、周りから仕事をもらえる機会も多くあり、ありがたい反面、そこに甘えず、自分を更新し続けていきたいという想いもあるんだそう。

篠田さん 意外と熱量がある人間なんだなって自分でも驚きますが、『田舎にいますけど、僕を超えられますか?僕ほど面白い人間はいますか?』って言えるように、これから活動していきたいです(笑)

ただ、今僕は、特に他の地域に移ろうとは考えていないですが、自分の目的や、やりたいことの優先順位によっては、どこかへ行くこともあるかもしれないです。その時に、『このまちって、いいまち』というのが、個人の行動を制限する理由にはならないとも思っていて。

ほかのまちへ行きたいのであれば、「よっしゃ、行って来い!」と言えるような人でありたいし、言えるようなまちであってほしいですね。

「実行力がないから、ただ色々考えている思想家なんですよ」と笑う篠田さんですが、自分なりの哲学で、自分にとっての面白い道を探し、場所にとらわれず活動していく姿は、十分な実行力を備えているように見え、眩しく映りました。

日々抱く違和感や疑問に、とことん向き合うことで見えてくる自分なりの軸。移住に興味を持っている方は、「なんで移住してみたいと思っているんだろう?」と、改めて自分に問いかけてみると、移住を視野に入れた自分なりの生き方や、移住に限らない心地よい場所のみつけかたが見えてくるかもしれません。